過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

養育費って、ちゃんと払われているのだろうか

別れた夫のほうは、子どもに会えない。Twitterみていたら、こういう体験が書かれていた。情景が目に浮かぶ。泣ける。

離婚する人が多い。しかし別れた時、子どもを抱えたお母さんはたいへんだ。子育てに追われて働けない。収入の道が厳しくなる。

そこで、養育費が必要となる。その養育費って、ちゃんと払われているのだろうか。

①なんとしても別れたいので、養育費などいらないと言って勢いで別れてしまう。しかし、後に生活に追われる。

②養育費のことは口約束。やがては払われなくなる。あるいは「無い袖は触れぬ」で、カネがない、あとで払うといってウヤムヤになっていく。

③蒸発亭主だった友人。とんでもない夫だが、養育費はちゃんと払いつづけた。サラ金に借金してまでも、親の義務として払い続けた。しかし、子どもは会ってくれなかった。

④事業の景気のいいときに、離婚した。離婚調停で、そのときの年収をベースに養育費が算定された。後に事業がうまく行かなくなった時、重くのしかかってきている。いまも重荷。

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おくやみ。なるたけ自然に気楽に。いつもの感じで、普通のはなし。

T君が遊びに来た。かれとは、いつもインド哲学、仏教、日蓮創価学会について語りあう。いつも、あかりと楽しそうに遊んでくれる。

友人のIさんの奥様が急死されて一ヶ月余。まだおくやみに行ってなかったので、Tくんと出かけた。あかりも一緒につれていく。
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Iさんの奥様は、創価学会に入って組織活動はしていなかったが、信仰は続けていた。Iさんはまったくかかわらず。それでも、お仏壇に曼荼羅と位牌は安置しているだろうから、お経をよませてもらおうと思った。

T君は創価学会員なので、お経がそらで読める。一緒に、『法華経』の方便品と如来寿量品、そして南無妙法蓮華経のお題目を唱えさせていただいた。

ぼくは導師として集中して唱えていた。あかりの気配がない。あれ、どうしているだろうと、ふとふりかえる。なんと、あかりはお経を読んでいるTくんの頭の上に乗っかってしがみついているではないか。

それをみたら、笑ってしまった。ま、こうした無邪気なはからいのない子どものありようこそが、供養になるのではと思った。
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おくやみのときには、ぼくは「このたびはまことに……」みたいな深刻な感じにならないようにしている。なるたけ自然に気楽に。いつもの感じで、普通のはなしをして笑ったり、みたいな感じでいく。

死んだらどうなる、供養ってなんだろう、奥様の思い出話など、いろいろな語らいの場となった。亡き奥様が、そこにいて一緒に会話を楽しんでくれているようにも思った。

退院したばかりなのに、石仏を彫りに来た

人工透析の最中に、大腸から大量出血。救急車を手配したが、PCR検査を受けていないと搬送してくれない。搬送してくれる人もおらず、出血しながら自分で病院までクルマを運転する。

病院に着いても、即入院とはならない。まずPCR検査だ。結果が出るまで一時間半待たされる。その間にまた大量出血。そのまま死ぬのではないかと思った。また、ソファーで苦悶の表情でのたうちまわっている人もいた。

検査結果は陰性で、やっと入院できた。しかし、人工透析を受けていると、血液がサラサラになる薬を飲んでいるので、出血は止まらず。クスリをやめれば、隔日の透析に支障をきたす。
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どうするか。絶食しかない。5日間の絶食。お腹が減ってたまらない。隣で寝ているおじさんの患者の顔がアンパンに見えた。

そして、やっと出血も止まり退院。隣のおじさんの患者は、まだ入院している。わかれたとき、お地蔵さんのように、ものすごく優しい目をしていた。
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これは友人の話である。その友人が、退院したばかりなのに、石仏を彫りに来た。この施設の環境で石仏を彫ると、ほんとうに心身が癒やされる。心が集中する。まったく幸せだと、言う。

そこへちょうどインドの友人も、夫婦であそびに来てくれた。インドのヴェーダの哲学、宗教の話をする。こんな春野の山里で、インドの人と哲学や宗教の話ができるのも、不思議なこと。

また、公園であそんでいた三人きょうだい(小4〜高1)に遊びにおいでと誘ったら来てくれた。利用者さん(94歳)のひ孫たちだった。聞けば、七人きょうだいという。すごいな。

ともあれ、いろいろな来客のあった一日だった。

 

 

子どもの冒険わくわくランド

4家族で子どもの冒険わくわくランド、プレイパークの報告会と、その候補地探し。
河川敷のこの地が広大(1ha)なんだけどね。存分にいろいろなのものを作れるか。しかし広大すぎて。

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スーパーおばあちゃん・おじいちゃん

この方は84歳。早朝から草刈りをしていた。子どもが幼い頃に夫を事故で亡くす。働きながら4人の子育てをしてきた。
「貧乏性だから、家でのんびりなんかしておられない」といつも畑仕事をしている。そうして、いつもおちゃめだ。
山里ではスーパーおばあちゃん・おじいちゃんによく出会う。90歳を超えて、杉の大木をチェーンソーで次々と伐り倒す人もいる。その方には、来週お会いする予定。

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介護施設(デイサービス)を週休3日(土・日・月)にする方向で調整中

いつもながら、先のことはわからない中での歩み。薄氷を踏む思いの日。歩みが止まるときは死ぬ時。死ぬときが歩みが止まる時。

介護施設(デイサービス)を週休3日(土・日・月)にする方向で調整中。昨日、決断した。

あかりのおもりに時間がとられること。家内の事務処理が進まない。保育ママが確保ができない、スポットのスタッフが見つからない。本業である編集の仕事が山積みになっている。細く長く続けていくための措置。

営業日の変更といっても、レストランとは違うので、こちらの都合だけでは変えられない。実行するためには、いろいろと段取りがある。施設としては、スタッフのシフト体制の組み直し。他の職場と兼務している方は、その職場のシフトの組み直しになる。
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まず、利用者さんのご家族との合意。ここが最大のポイント。

それぞれご家族の背景が異なる。ある利用者さんはひとり暮らし。夜間は、三人の子が交代で見守っている。それのシフトをきょうだい間で組み直していただくになる。医者への通院の日程調整もお願いすることになる。

合意してくださったら、あとは事務手続き。まあ、結構、煩瑣だ。
サービス契約、重要事項説明の再契約。ケアマネージャーとの合意。介護施設は、ケアマネージャーの作成するケアプランによってデイサービスの提供が行われる。そこの組み直し・差し替えをお願いする。

行政(市の介護保険課)に書類を提出。通所介護の介護予防と二種類の書類。運営規程の変更申請。一か月間の従業員の勤務体制の一覧表などを提出。
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しかし、3連休にしてどうする。
これからは介護と出版事業と両輪体制で行く。片付け、整頓。農作業など、放置していることが山積みだし。

どのように業態が変容していくのか、先のことはわからない。コロナもある。天災や浜岡原発(ここから60キロ)など、いろいろな変動もきっとある。なにより、自分も妻も体力、気力、モチベーションもどうなっていくのかわからない。わからないところが、きっとおもしろい。

 

 

ちあきなおみの歌う「惜別の唄」

ちあきなおみの歌う「惜別の唄」。切々としみるように響いてくる。
これは、島崎藤村の「若菜集」のなかの高楼(たかどの)の一部を歌にしたものだ。
葬儀など、意味不明のお経よりも、こうした歌のほうがいいかもしれない。中央大学の愛唱歌でもある。学徒出陣の時、後輩が歌って送ったという。


https://www.youtube.com/watch?v=7MC3n4hh_J4「惜別(せきべつ)の歌」


作詞:島崎藤村 作曲:藤江英輔


遠き別れに たえかねて
この高殿(たかどの)に 登るかな
悲しむなかれ 我が友よ
旅の衣(ころも)を ととのえよ


別れといえば 昔より
この人の世の 常なるを
流るる水を 眺(なが)むれば
夢はずかしき 涙かな


君がさやけき 目のいろも
君くれないの くちびるも
君がみどりの 黒髪も
またいつか見ん この別れ


君が優しき なぐさめも
君が楽しき うた声も
君が心の 琴の音も
またいつか聞かん この別れ

ヤママユの青虫

ヤママユプロジェクト。友人のY君が、ヤママユの卵500個ほど持ってきたくれた。孵化したヤママユの青虫もみせてもらった。まだとっても小さい。まずは、施設で育ててみよう。その間に、クヌギとクリの木に網を張って、そこで育てる。サナギになったところで、採取して生糸をとる。

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思い出したら、ひらめいたら、なにかのメッセージ

友人が訪ねてきて、宗教と仏教のよもやま話をした。
こんな人がいてねえ、あんな人がいてねという話になる。

そうだ、こんな人がいた。もう10年も20年も会っていない。
話が出たというのは、縁があったということだ。

よし、電話してみるか。

もう夜も遅い。20時だ。でも、ひらめいたのが、なにかのメッセージ。電話してみるか。
佐賀まで電話した。

奥様が出られた。
お話を聞くと、その方はもう6年前に亡くなったという。
しばし、奥様と思い出話をしたのだった。
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この方は、千葉で日蓮正宗富士大石寺の末寺の住職をされていた。大石寺創価学会が、蜜月の時代から、青年僧侶たちが創価学会の傲慢に対して糾弾するという動きがおこた。そのメンバーの一人であった。増田宇広さんという。

しかし、かれは日蓮仏教を探求していく中で、そもそも日蓮という人の思想は、強烈な拘りと偏りがあり、本来の仏教ではないことに気づく。そして、「宗派仏教を超えて」という本を発刊して、日蓮正宗の僧侶に送った。もちろん、総スカンだ。

初期仏教や心霊科学などにも探求があった。ぼくが主催していたスリランカの僧侶のヴィパッサナーの学習会などにも参加してくれた。

やがて、故郷の佐賀に帰って、百姓をしながら書道の先生をして暮らしを立てるということになったのだった。
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以来、30年近く、お会いしていなかった。
ひらめいたとき、思い出した時、やりとりをしておけばよかった。しかし、亡くなってしまっては、もう話ができない。そういう事例がこれまで数々あった。

自分は晩年に入っている、この世から親しい人が消えていく。思い出したら、ひらめいたら、なにかのメッセージ。相手の事情など二の次で、電話してみることにしよう。

助かる命も助からないという事態が起きかねない

医療の現場。コロナ禍にあって、助かる命も助からないという事態が起きかねない。

友人が人工透析中に、大腸から大量下血した。
異常に気づき、救急車を自ら手配した。

しかし、これが簡単に受け入れてくれない。新型コロナウイルスの症状と少し重なる部分があると、待ち状態になる。

自分で病院に来るか、知人のクルマまで来るように言われたという。幸い病院にはさほど遠くないので、なんとか出かけたようだ。

さてそれからだ。PCR検査を受けて、その結果が出るまで1時間半以上。ともあれ、やっと入院できた。

1分1秒でも早く医療機関へと救急車は動く。この山里などは、ドクターヘリがやってくる。病院まで10分だ。しかし、救急搬送されても、そこからPCR検査の結果待ちでずいぶんと待たされることになる。

ちなみに、透析患者は、血液をサラサラにするクスリを飲んでいるので、出血がとまらない。放置すると命にかかわる。血液をサラサラにするクスリをやめると、人工透析が難しい。友人の快癒を祈るのみ。

65インチのテレビをセット

65インチのテレビをセットした。テレビは見ないけれども、YouTubeから、戦前・戦後の歌謡曲を流す。きょうは、「東京大衆歌謡楽団」の映像を。浅草での路上ライブ。声がすばらしい。レパートリーの広さよ。歌詞も曲もすばらしい。アコーディオンの演奏も見事。

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つまるところ、国家ってなんだろう

あかりが、「パン屋さんごっこやろう」という。
──はい、ドーナツパンね。はい、ぐるりんぐるりんパン。
──お客さんのところに、パンを届けてね。
「はーい」。
──あれれ、お金はもらってきたの。
「あ、忘れてた」。
「はーい。もらってきた」。

などとやっているうちに、あかりは紙にお金をたくさん書いて、「はい一千万円」とかやりだした。

それをみてて、国家経済というものを考えた。

国家予算、何十兆円といっても、お金を刷るわけでもなく、現金を持ち運ぶわけでもない。データとしてのお金をはい、はいと口座に移すだけ。

お金は、金(きん)の裏付けがあるわけでもない。日銀がそのお金を、ちゃんと印刷しているのかどうか、ぼくにはわからない。

まあ、ともあれ、「国家」というのはすごいな。

自分でお金を発行できる。原資はほとんどゼロ。
そして、そのルールを自分で決められる。人を動かすルールを作れる。拘束したり、強制的に働かせたり、人殺しの戦争にいかせることもできる。

つまるところ、国家ってなんだろう。あかりとままごとをしながら考えたのだった。