過疎の山里・春野町で暮らす

山里暮らしの日々を綴る/いちりん堂/NPO 法人 楽舎

こんなに山野草に目がいくことはなかった

こちらは、トキワツユクサ(左)とユキノシタ(右)の花。
よく観察すると、踊り子が軽いステップで踊っているような愛らしさだ。
これまでの人生、こんなに山野草に目がいくことはなかった。
山里に暮らして10年、山野草の変化には気づいていなかった。たんなる景色の一つだった。名もないような雑草は、気にも止めていなかった。
昨年末からデイサービスの事業を始めて、送迎を毎日、行っている。その途中の山道で出会う花を摘んでは、施設に飾るようにした。
利用者のみなさんがよろこぶ、ぼくも楽しい。日々変化していくありようが、よくわかる。季節も花も人も自分も。
「花を愛しているので、いい人だ。心根が優しい人だ」。そんなふうに思う人もいるかもしれないけど、けっしてそうじゃあない。ま、いま山野草にハマっているということ。マイブームなだけで、そのうち飽きておしまいとなるかもしれない。
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ZOOM楽座の可能性

ZOOM楽座 これからの予定
5月23日「心理療法自己啓発セミナー〜ニューエイジを語りあう」貫田弦邑
5月24日「魂の螺旋ダンス読書会⑤〜異安心(いあんじん)を恐れず語る念仏〜」長澤靖浩/羽田高秀
5月29日「声の響き身体の響きとの統合」岩崎正春(石垣島から)
5月30日「法華経を語る」
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コロナ渦ですべてが停滞、失速、窒息しそうだが、ひとつの可能性はZOOMにありそうだ。世界で2億人が使い始めている。
もちろんセキュリティの問題はある。ZOOMを通してのハッキングなど、リスクはある。
にもかかかわらず、自由に交流できるツールとしては、teamとか、他にアプリがあるとは思うが、いまのところZOOM以外には、みあたらない。
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東大など、各大学もZOOMでのオンライン授業になっている。
ZOOMのメリットは、いろいろある。
一方的な講義ではなくて、参加者の意見や質問に答えられる。参加者の顔がみえる。移動しなくても家で交流できる。
車載者としては、会場手配や受付、案内のパンフの制作と配布とか、準備はほとんどいらない。費用もほとんどかからない。
ということで、「ZOOM楽座」として、さまざな試みをしているところ。
テーマを決めて、ゲストを招いてインタビューしながら進めていく。一方的な講座ではなくて、参加者が論議に加わってのやりとり。参加者からの質問や、意見、体験なども語ってもらう。
もちろん話題はあっち行ったりこっち行ったり。そのあたりを池谷が司会で進行していくことになる。
参加者数はテーマによって違うが、10〜30名くらい。遠くは、石垣島アメリカのテキサス、マウイ島、ドイツ、バリ、インドからの参加もあった。
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3月の末から主催してきたのは以下のテーマとゲスト。()は遠隔地のゲスト。これまで企画した集いは、3月から20本余になる。5月はなんと12本の企画となった。
3月23日「コロナウィルス時代を迎えた暮らし方、生き方を考える」
3月25日「臨死体験と死の看とり、ゼロ葬の道」長澤靖浩
3月26日「死後の世界──死とはなにか」 長澤靖浩/スメダ
4月6日「インドについて語り合う─インドの歌をうたったり、唱えたり」
4月10日「魂の螺旋ダンス①〜部族シャーマニズム〜 」長澤靖浩/濱田秀樹
4月12日「マンダラワークショップ─花のイメージの誘導瞑想」岩崎正春
4月13日「科学コミュニケーターは職業にできる?」本田隆行
4月19日「魂の螺旋ダンス読書会②〜シャーマニズムと国家宗教〜」長澤靖浩/星川淳屋久島から)
4月20日国難に宗教や祈りは役に立つのか?」
4月21日「アストラルレベルはどうすんねん?」スメダ
4月26日「編集・物書き稼業からヒーラーまで」村松恒平
5月1日「瞑想の深みと変性意識」スメダ
5月1日「ヴィパッサナー瞑想(ゴエンカ式)マジックマッシュルームマリファナの変性意識体験」ながのとしべえ(インドから)
5月3日「魂の螺旋ダンス読書会③〜民族国家宗教〜」長澤靖浩/Eibo
5月3日「ヨーガを語る」渡辺昧比
5月5日「真宗の教えと歴史」嶋田やすなが
5月9日「日蓮の実像について語り合う」犀角独歩
5月10日「魂の螺旋ダンス④〜キリスト教のローマ国教化について〜 」長澤靖浩/Bija Yoga(バリ島から)
5月16日「蓮如の布教と創価学会」嶋田やすなが
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これからの予定
「古代インドの智慧と静寂」シャンタアムリタ(南インドのアンマのアシュラムから)
「突然の覚醒? 骨を整えることと瞑想とのつながり 」ナカガワエリ
「ピンホール写真」エドワード・レビンソン

この現実の人生ゲームを思いきり楽しむしかないってことに

──コロナのしめつけすごいですね。
 
「そうだね。なんというか、もう第三次世界大戦みたいになってきた。社会は滅亡してしまうかもしれないね。〈ノストラダムスの予言〉が、いき来たかって感じ」。
 
──「ノストラダムスの予言」ってのは、ここのところですね。「空から恐怖の大王が来るだろう、アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために」。
 
「あの予言は、1999年に起こるということだけど、いまがそれかもしれないと思うね。コロナはさしずめ〈恐怖の大王〉。そして、パンデミックの後に、〈アンゴルモアの大王が蘇る。そして、支配する〉と。このパンデミックを利用して、一気に人類を支配しようということが起きるのかもしれないね」。
 
──どうしたらいいんでしょう。
 
「どうしようもないね。結局、人は死ぬ。自分は死ぬ。いつ死ぬのかわからない。事故死もあれば病死、平穏死もある。ともあれ、わが身に起きる現実はまちがいない」。
 
─そんなあたりまえの現実が、目の前に突きつけられるってこと。
 
「まさに。これはひとつのゲームだね。生きて死ぬというゲームに入っているのが人生。どうせ死ぬ。死んだらゲームセット。それはまったくおしまいなのか、あらたな解放とか光の世界かもしれない。それはわからない」。
 
──ともあれ、生きているのは、いまこの現実ですね。明日死ぬとわかっていても、現実とダンスするしかない。この現実の人生ゲームを思いきり楽しむしかないってことになりますか。
 
「それでいいし、それしかないよね。ダンスってのは、いまの現実の日々の変化に即して躍動していくってことだよね。しかと死を見据えて……」。

「主よみもとに……」という歌でしたっけ

Aさんが膵臓がんで、末期だということを聞いた。山里暮らし、ブルーベリーの栽培のことなど、いろい教えていただいた方だ。ハートのある快活で楽しい方だ。
 
電話してみた。
ぼくのこれまでの経験から、こういうとき、すぐに電話したほうがいい。
「あとで、そのうち」といううちに、やりとりができなくなってしまう。いなくなってしまう。
 
コールしてみた。
ああ、無理か。でないな。
そう思っても、何度かコールした。
そしたら、出た。
 
とても弱々しい声だ。ろれつが回らない。
 
──具合がわるいんだって?
「もう余命わずかだよ」。
 
──そうかぁ。死ぬのは仕方がないよね。みんな死ぬし。ぼくもそうだし。
「そう言ってくれると気が楽になるよ。がんばれとか言われると、つらいんだよ」。
 
──この春、いただいたウドが大きく育って、それを採って酢味噌にしていただきましたよ。おいしかった。
 
治療のこと、山里暮らしの家の処分のことやら、すこし話をしたのだった。
 
「いたくて、つらくて。いま賛美歌の320番を歌おうと思っていたんだ。けど、声がでないんだ」。
 
──それって、「主よみもとに……」という歌でしたっけ。
「そうだよ」。
 
──じゃあ、歌うね。
 
主よ 御許(みもと)に近づかん
登る道は 十字架に
ありとも など 悲しむべき
主よ 御許に 近づかん
 
電話口で、歌わせてもらった。
「ありがとう、おちついたよ」。

それってバカじゃないの?

「お父ちゃんってバカなの?」
あかりが、お母ちゃんに聞いていた。
─あのね。おとうちゃんは、バカじゃないのよ。とってもアタマがいいの。でも、人の気持ちを感じるところが、すこし苦手なの。
そうお母ちゃんが言う。
「それってバカじゃないの?」
あかりが言っていた。

いろいろややこしい書類が沢山

もっとも苦手でもっともおもしろくない仕事だが、これをやらないとすすまない。
たとえば、こんな書類。青色申告の承認申請、法人設立届、法人住所移転届、給与支払事務所の開設届、棚卸資産の評価方法の届出、減価償却資産の償却方法の届出、源泉所得税の納期の特例の承認申請、収益事業開始届、とか、いろいろややこしい書類が沢山。
しかも、画像のように、文章がとってもわかりにくくて、日本語じゃない文章たち。
これほど創造的じゃなくて、まったくおもしろくないことを、いかにおもしろくできるか。工夫してみたけれども、まったく工夫できない。
「ただやる」しかないという結論になった。
 

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ZOOM楽座「声の響き身体の響きとの統合」5月29日(金)20時か

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ZOOM楽座「声の響き身体の響きとの統合」─肉声の響きを意識の身体の響きに変容させて全体と統合する─
日時:5月29日(金)20時から22時 ZOOMにて 
ゲスト:岩崎正春
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語り合いの趣旨:
呼吸に合わせて肉声を響かせて、身体の調和をはかる。
 
例えばチャクラの場所、頭上に、眉間に、喉に、ハートに、丹田に、背骨に、足の裏に声を響かせる。その場所の気づき、体感を得て、それを高次の意識にも響かせる。このプロセスを丁寧に体験してゆく。
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ゲストプロフィール
日本の最南端・石垣島彦根鍼灸整体治療院をいとなんでいる。
 
ZOOMでは、これまで、統合心理学(サイコシンセシス)、アサジオリによって作られた心理学の手法をつかった「マンダラ(イメージ)ワーク」「内なる声を聴く─ハイアーセルフとつながる」などを開催した。
 
自分の持つイメージと参加者の持つイメージとの統合のワーク。異次元世界に遊び、癒やしを得ることも可能。エネルギーの発露として、形や解釈にとらわれないで、イメージの世界に遊ぶことができた。
 
参加方法:ZOOMにアクセス 無料
パスワード不要、クリックすれば参加可能。ハンドルネームでもオッケー。顔出しはご自由。傍聴だけでも可。
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以下は岩崎さんからのメッセージ:
 
チャクラ理論やマントラの解説ではなく「経外別伝」の意識のテクノロジーです。プラナヤーマをいくらやっても効果が出なかったのは、ある事に気かーつかなかっただけです。
 
何十年やっても何生かけて、お経やっても真言となえても、気がつかなければそのままです。
これは、神仙ヨガ=金剛乗の秘密の修行方法です。このレベルでは、まだまだ悟りではありませんが、肉体が元気になり、快適で至福になり意識の拡大がおこります。
 
元いた下から見ると変性意識ですが、そこから見ると、当たり前の如是の意識に過ぎない。さらに次に繋がる!
意識=脳は秒単位で変わっています。即刻変わっている意識に気がつけば「即身成仏」は当たり前のことになります。
 
先ず肉体の意識を豊かにして、世より上のアストラルの意識につなげる。これは最終目標ではありませんが、ZOOMですので、最初のヒントをえてくれたら嬉しいです。これで先の先まで理解してしまう人もいます。でも、急がなくても良いでしょう。
 
私自身は統合心理学(サイコシンセシス)のガイドです。つまり、グルや教師ではありません。一緒に横にいて生きるだけです。それぞれの人が、自分の可能性を体験するのをサポートすることしかしません。神仙瞑想ヨガも先生ではなく、同じようにやっかいな問題を抱えている人間です。あなたと、一緒にいる同行のお友だちという関係が一番快適です。あなたと居るのが、嬉しいです。みんな道友です。
 
最後にすごく長文ですが、一番最後に、補足的(私にとってはより大切)なメッセージを書きます。メッセージをよんでからZOOM会議の参加を決めてください。
 
書き出すと全方向に意識が広がって行きまとまりがつき、つらいです。
本来は、何にも考えないで人と、ただ無為自然で笑って生きるのが楽しいです。
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ガイドの経歴
学歴
京都外国語大学英米語科卒業/京都YMCA学院同時通訳科卒業/
厚生省認定 仏眼厚生学校本科卒業/鍼灸指圧治療院開設
California Institute of Integral Studies カリフォルニア統合教育研究所East West Psychology 修士課程卒業
★Psychosynthesis Training Program (San Francisco CA. USA)の統合心理学(サイコシンセシス)のコースを受ける
職歴
1980年4月----->1991年外国人のための英語による東洋医学クラス開設 (京都)
1983 4月------>平成2年3月 京都精華大学 英語非常勤講師
1991年1月----->12月 サンフランシスコ州立大学, Institute of Holistic Healing Studies, 教育助手
1998年4月----2004年3月>京都造型芸術大学 健康科学センター非常勤講師
ホリスティック(全人的)ヘルス担当、イメージワークを健康と芸術に)
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業績・社会における活動
970年代から本山博先生から瞑想ヨガを学ぶ、同時に京都天龍寺三秀院で指導 1974年4月->1990年3月
シッダヨガのムクタナンダからシャクティを受ける、複数の神仙=シッダやババジから啓示をうける!
フレンド世界大学(Kyoto) 東アジアセンターファールドアドバイザー
日本カウンセリング協会 カウンセラー養成講座  一般意味論講師
一番意味論は、「人間の行動が言葉に影響を与える。弱に言葉が人間の行動に影響を与える事もある。」というのが一般意味論の見方です。
人間の物事の決め方は、論理的行う以外に、言葉によらない曖昧だけどいつも使っている決める決め方があり、両方する事で、補完的に安全に行動が可能になります。それを次の次のZOOM楽座で体験してもらいます。
 
冥想ヨガの会主催 (英語/日本語)京都天竜寺 三秀院
1990年2月 京都ロイヤルホテル 主催 井六園 (財)禅文化研究所指導 「早朝座禅の会」講師
1993年8月 日本ヨーガアシュラム 教師研修会 にてホリスティックヘルスについて基調講演
庵住期構想研究会 花園大学 「医療と宗教を考える」というテーマの懸賞論文入賞
「ホリスティック医学を超えホリスティックヘルスの視点へ」
日本ホリスティック医学協会 関西医科大にて講演「統合心理学(サイコシンセシス)」
フューチャー・フォーラム 98にて、生老病死のワークショップ
関西医科大学 心療内科医局セミナーにて、「気」と体験されるものについての講演
石垣トライアスロンワールドカップで、エリートのコンデイショニング多数
統合心理学(サイコシンセシス)ジャパンネットでサイコシンセシスのワークショップを開催
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人間の物事の決め方は、論理的行う以外に、言葉によらない曖昧だけどいつも使っている決める決め方があり、両方する事で、補完的に安全に行動が可能になります。それを次の次のZOOM楽座で体験してもらいます。
 
以下は、岩崎さんの世界観として……。
 
=====で挟まれている所は、意識の秘密ですが、お経と同じ解説なので読まなくてもいいです。不立文字、経外別伝です。
<<<地球は意識の遊び場(菩提の世界)と感じませんか?>>>
 
Chitta vila or Ellen Vital
生まれて良かった!
太陽が上がって今日が来た。良かった。生きていますね。
⁃ 息ができる。心臓は血液を送り続けている、お腹が空いてくる。
⁃ 雨にかからない所があり飲む水と食べ物がある。とても幸せですね。
⁃ 今世紀は、今までよりは物質的には豊かな地球です。
私には大切な人がいます。
⁃ 自分の全てを集中して話しを聞きたいです。相手のたのしい体験を聞いてしいると、自分も楽しくなるからです。心を一杯(マインドフル)にして話しあっていると、それだけで嬉しさがこみ上げてきますよね!共感しますよね!
⁃⁃ ==========読まなくても良い===========
⁃ 目の前の相手(人)には、強い所も弱い所もあります。判断しないで、ありのままに、受け入れます。好きな所や良いとこ取り=分別をすることは、相手の権威を受け入れる自分がいるという事です。相手を判断する心は、自分の意識でそうしている。ことは、自分を判断する事です。
⁃ 良い事でも悪い事でも、関心のある人や物や事に影響されます。(アサジオーリの言葉)そのまま好き(嫌い)になれます。特に睡眠前に意識する事と起きて直ぐに意識する内容が、自分に帰ってきます。瞑想の前後の意識もそうです。ありのままで、無条件に相手を受け入れることは、自分を受け入れることです。自分(相手の)弱さを見捨てないで、目の前の相手に集中すると、欠点があっても(ない人はいない)、好きになれる。母親が自分の子供を愛するのはこの自然な心(バクティヨガ)の原理ですね。相手を好きになったり、嫌いになったりする仕組みが人間の意識の中に組み込まれています。どうしようもない自分もありのまま(如是)に可愛がってあげれば、そういう自分が成長して、輝く自分に変わっていけますね
=====================================
さらに、
一緒に散歩したり、音楽を一緒に聴いたり踊ったりなど、仕事をしたり、どんな事でもいいっしょにしたら人生は嬉しいことだらけですね。
あなたが、この地球に、一緒に生きてくれてありがとう。あなたの事を考えるだけで幸せで、些細な事でも嬉しくなっています。遊んでくれて、幸せです。
⁃ 今の時代は、コロナであろうがなかろうが、直接会えなくても、機械(インターネット)のテレパシーで対話する事が出来ていますね。「あなたがこの地球に、一緒に生きてくれてありがとう。幸せです。生きているのは楽しいですよね。」と感じられます。命の喜びを共有していると言えます。本当のテレパシー(以心伝心)の方が簡単ですが
⁃ ==========読まなくても良い===========
⁃ ヨガの意味は、結びつけるJoinです。全体を統合することです。神仙瞑想ヨガ=マハヨガは、心の秘密のテクノロジーの世界です。それはチベット仏教やヒマラヤ神仙道=金剛乗です。金剛=ダイアモンドのちりばめられた乗りものに乗っているのと同じです。即刻あそこに行ける=即身成仏の世界に意識が変容して行きます。
⁃ ==========前は読まなくても良い===========
       <<< 楽しい未来を!>>>
⁃ まだ出会っていない素晴らしい美しいモノ事人との出会も楽しみですね!zoomも、含めこれから大切な仲間が増える事は楽しみですね。
今はこう感じていますが、昔、子どもの時から若い時は、なにか寂しかったし、不安だったし、自分が好きになれなくて、つらかった。
⁃ 「人間は無常で寂しいものだ、修行して解脱しないといけない」と教え込まれて、抜けようとやってみたけど、
⁃ 私には無理だと、諦めていました。
けど、いろいろな師と出会い、導きにより、寂しさや苦しさは、幻で意識が作り出していたもので実体はないと気がつきました。時間がかかりましたが、心も体も闇(病み)を抜けました。
昔は、嫌な人がいて、自分勝手な利己的な事をしている人、盲信して他の人の事を聞かない人を嫌っていました。争いや搾取する人、自分を攻撃する人はいた。許せないと憤ることもありました。
⁃ でも、許せない勝手な人達にも愛するものがいて、守るものがあります。だからそうなっている相手の事も理解できる様になりました。
⁃⁃ 私も、この生だけでも、いっぱい失敗はしてきた。反省もいっぱあるし悔やんでいる事はいっぱいある。自分も同じような弱い人間でもある事に気がついた。私は完璧なグル(先生)ではありません。
確かに、世の中は善人ばかりではありません。今現在進行形で、人に危害を加えている人、苦しみをあたえている人には、自分の力に応じて、距離を置き守りましょうね。
⁃ 今は、そういう人が進行形でなければ、相手を責めても、しかたないし、排除することもない。距離は置く事だけでよい。そういう非暴力で行きましょう。
統合=本当のヨガ(結びつける意味)とは、まず身体が元気になり、全部に気づくことであると知った。
「本来の人間は喜びの存在で、意識の世界で遊んでいる事に気がつけばいいだけ」だと受け取りませんか?
根の部分で意識は三世の宇宙と繋がっている。本来の自分を忘れてただけで、ずっと生まれた時から、私たちはみんな繋がっていた
ここ大切とおもいませんか?
自らの心の遊びと楽しさがわかれば。「怒つたり憎くしんだりしないで、みんな一緒に遊んだら良いのにね!」と考えられるようになります。
朝起きた時に、寝ている時に、人間の本来の意識は自分が幸せな世界(浄土や天国)にいる事に居た事に気がつきませんか!
⁃ 私自身も、弱い部分が出ている時は、寝られなくて、寂しさやつらい思いがあることもあるが、だからこそ、自分にとって大切な(存在=植物やペットや好きな人=この順です=>笑い)を感じるだけで、癒やされていますよね!
呼吸に集中して自分の身体の奥にすべてに集中する=統合する=ヨガする。できる限りゆっくりと優しく優しくタッチする。
平等なパートナーが居たら、交代でしませんか?
まず、あなたから、やってあげれば、交代で、元気になれるでしょう。
私のワークショップではいつも、自己紹介して、おしゃべりしながら、ワークショップのパートナーの一分間ずつマッサージしあいます。ZOOMでは、一人でしか出来ませんが、気持ちをつなげたら、この手は自分の手であり、自分に繋がる大切な人の意識が伝わる手でもあります。あなたのお母さんの手でもあり、グルの手であり、宇宙の神様ー女神=宇宙の恋人の手でもあります。
本来の人間は、こうして楽しい世界(彼岸)にいて良いのだと、思います。(同時に、苦しい世界も選んで居る事もできる。自由自在の世界にいる)
いっぱい呼吸プラナヤーマをしようが今度のZOOM楽座のテーマです。
⁃ 今回は秘密の呼吸法を紹介します。
⁃⁃ 秘密は、「力まない」「慌てない」「最大限に時間をかけて心を一杯に丁寧に(マインドフル)」「愛を込めて」、!
⁃⁃ 具体的な意識の置き方や力の入れ方は口伝になります。まだ、怒りなどが残っている人は、かえって混乱するので、触りだけです。これだけでも即効があり、即身成仏です。さらに次を伝えられる人はいますし、瞬間に理解できる人は、どうぞ受け取ってくださいね!皆さんのために使ってください。いかりの発散のワークや脱同一化か!できる様になったら段階的に伝えられます。ゆっくりでも楽しくて嬉しく生きて行きましょうね!
全部を感じよう!
あなたも、私も全部の一部だからね
意識の世界は、過去も現在と未来も一つ、この世もあの世も一つ、
みなさん、この地球に一緒にいてくれてありがとう。
⁃ ==========読まなくても良い===========
⁃ 宇宙に遍在する智慧の心のお経、般若心経から
⁃ 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」
⁃ 「遊ぼう、遊ぼう、宇宙にあるすべてのものすべてと一緒
⁃ に遊ぼう、彼岸に到達している菩薩さんよ」
⁃ すでにそうでありますよ。
⁃ がてーがてーは、行くという意味ですが、心経の意味からして、行
⁃ く先はすでにここにあるから、おもいのままに。 play= 遊戯ととらえ「あそぼう」と訳しました。
⁃ 地球は意識の遊び場(菩提の世界)です。
⁃ =================================
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ZOOM楽座について掲載

「たいまつ通信」109号にZOOM楽座について掲載していただいた。5月3日に「ヨーガを語る」というテーマで、渡辺味比さん(アルジュナヨーガ研修会主宰=京都)をゲストに、開催したときのものである。

 

以下、紹介部分。
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新型コロナウイルス感染拡大を受け緊急事態宣言が発令され、「密閉空間」「密集場所」「密接場面」の条件が揃う「三密」の回避が叫ばれ、社会生活・活動があらゆる面で制約を受けている今、家に居ながらにして、「LINE」「Skype」「Zoom」といったWEBツールを使う新しいビデオ会合の形が見られるようになりつつある。
浜松市春野町在住の池谷啓氏もその試みに挑戦する一人。氏は仏教書・医学書などの編集執筆を行う傍ら、NPO法人楽舎を主宰し、山里の定住促進や交流、その魅力を発信する事業を行っている。
そして人々が集って交流することができない今、「Zoom楽座」という名称でZoomを利用し、ゲストとの宗教と哲学談義、読書会、イメージワークなど、さまざまな語らいの場を催し進めている。
さる五月三日(日)には、佐保田鶴治師に長年に亘り師事しヨーガ普及に尽力する渡辺味比さん(アルジュナヨーガ研修会主宰=京都)を招き、「ヨーガを語る」と題した「Zoom楽座」が開催された。
司会の池谷氏が渡辺さんを紹介、対話が始まり、その後はオンライン参加者の質問に答えるなど参加者交流が行われた。以下はその際に語られた内容の概要を渡辺さんにご投稿頂いたもの。

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地を這う雑草のシリーズで

やはりシンプルな白いお皿を花瓶にするのがよさそう。
ぺんぺん草、マンネングサ、神社の石垣に生えていた苔とか、適当に摘んできた。ペンペン草でも、こうしてみると、なかなかいい。オオバコとか、ドクダミとか、いまの季節の雑草も、いろいろ素敵だ。地を這う雑草のシリーズでいこうかと思う。

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牛乳パックが花瓶になる

きょうの発見。牛乳パックが花瓶になる。半分くらいに切って、そこにパンフレットを糊付けすると、ちょっとした花瓶になる。水漏れしない。色合い的に工夫すれば、そのへんの雑草でも、なかなか輝く感じになりそう。

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ZOOM楽座 5/30「法華経を語る」

ZOOM楽座 5/30「法華経を語る」
日時:5月30日(土)20時〜23時
テーマ:「法華経を語る」
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語り合いの趣旨:
法華経」と「般若心経」は、日本にもっとも影響を与えた経典だと思う。
日本仏教の源泉には「法華経」がある。
聖徳太子は「法華義疏」をあらわし「法華経」を宣揚した(とされる)。比叡山においては、「法華経」を基軸にした学問と修行が行われてきた。そこからあらわれた天台本覚思想は、文学や芸能などにも浸透した。
また、法然親鸞日蓮道元など鎌倉仏教の祖師たちは、「法華経」を基礎に学んだ。日蓮道元は、法華思想に深い思い入れがあった。
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では、「法華経」とはどんな経典なのか。
そこには、どんな教えが語られているのか。
たとえば、以下の9点について(テーマたくさんすぎ!)を素材に語り合ってみたい。
①「白い蓮のようなすばらしい教え」(妙法蓮華経)とは
②部派仏教の悟りの境地と大乗の悟り境地をどのように統合したのか
③永遠のブッダ(久遠仏)とはなにか
如来の滅後、教えを弘めるとされた上行菩薩日蓮の関係は
ブッダの真理の身体(三身法身、報身、応身)について
衆生はもとより悟っているとされる本覚思想とは
⑦法華系の新興宗教霊友会立正佼成会創価学会など)について
宮沢賢治法華経について
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法華経」を読んでなくても参加可能。どなたでも。まったく基礎知識がなくてもオッケー。できるだけ、専門用語を使わないで、普通のやりとりを通して語り合っていきたい。
池谷がベースとなる考えを示しながら、参加者とのやりとりを通してすすめていく。どんな話になるのかは、さっぱりわからず。あちらこちらに。
基礎知識としては、「法華経」(田村芳郎著 中公新書)あたりが参考に。
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宮沢賢治の言葉:
「なべての悩みをたきぎと燃やし、なべての心を心とせよ」
「風とゆききし、雲からエネルギーをとれ」
「われらに要るものは銀河を包む透明な意志、巨きな力と熱である」
「大きな勇気を出して、すべてのいきもののほんとうの幸福を探さなければいけない。それは、ナム・サダルマ・プンダリーカ・スートラといふものである」
「快楽もほしからず 名もほしからず いまはだだ下賤の廃軀を法華経に捧げ奉りて 一座をも点じ 許されては父母の下僕となりて その億千の恩にも酬へ得ん 病苦必死のねがひ この外なし」
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アクセス方法:ZOOMにワンクリック
パスワード不要、クリックすれば参加可能。
顔出しはご自由。ハンドルネームでもオッケー。発言しなくとも、傍聴だけでも可。
でも、はじめに一言、挨拶いただければありがたいかなぁ。

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ぺんぺん草とマンネングサ

どこにでも生えているぺんぺん草とマンネングサ。とくにマンネングサは、ちぎって土の上に蒔いておくだけで、横に這うように勝手に育つ。 ペットボトルを切って花瓶にして、雑誌の表紙をカバーにしてみた。

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この夏だけで20回くらいは刈る

草刈り1日目。たぶんこの夏だけで20回くらいは刈ることになると思う。
なにしろ刈らなくちゃいけないフィールドは、1,000坪くらいある! そんなに刈れるわけがない。なので、とりあえず、目立つところだけ刈る。それでも40分くらいは刈り続けた。
昨年、友人に草刈機を貸したところ、壊されてしまい、やむく新品を買った。ぼくがいつも使うのは、背負い式だ。8万円余もした。
背負い式は法面(のりめん)などで使いやすい。しかも、強力な二枚刃を使う。この刃は、軽くて破壊力がすごい。かなり危険だが、普通の人の3倍のスピードで刈ることができる。
ま、筋トレと思って、毎日、少しずつ刈り続けるとしよう。
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ベーシックインカムのチャンスか

経済活動というのは、循環である。なにか生産したりサービスすることで、付加価値をつけて他に渡す。渡った人はそれにまた付加価値を着けて、他に渡す。そして、循環していく。還流していく。
その循環がなければ経済は成り立たない。循環するとは、交換である。そのツールとして貨幣がある。
経済にとって一番の問題は「循環しないこと」である。循環の必要性がなかったり、 循環の手段がなければ成り立たない。
このコロナ感染時代は、いやおうなしに循環を止められている。人と人の交流ができなくなる。一憶総引きこもりを余儀なくされれば、経済は循環しない。体内に血が流れなくなれば、たちまち酸欠になって細胞は死滅してしまう。
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コロナが収束したとしても、いまの日本のような少子高齢化社会だと、経済は循環しない。 お年寄りはほとんど消費をしないからだ。おしゃれをする必要もない。食費もほとんど最低限。 新しいものを買うことはほとんどない。旅行にも行かない。 レストランにも行かない。
ただし、病院にはいく。 かかるのは医療費ばかり。 医療やお介護の分野には、経済は循環する。そして年をとれば亡くなる。そのことで葬儀関連業界には循環する。
子どもがたくさんいれば、経済は循環する。 何しろ子供はお金がかかる。 おもちゃ、食事、教育費、着るもの、レジャー。次々と消費しなくちゃいけなくなってくる。
いまのコロナ完成時代、そして少子高齢化社会。ダブルパンチで消費は止まっていく。
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じゃあどうしたらいいか。
仕事がなければお金が入らない。 お金がなければ経済は循環しない。ますます貧しくなり、ますます萎縮する。
これを打開するには、国が主導をして公共事業を行う。これまでの、日本のありようがそうだ。経済が停滞すれば、公共事業をやってきた。道路や橋や、ダム、ハコモノを作ったりして、そこにお金を流す。 地方においては土木事業、建築関係だけが生き残っているわけだ。
ところが、この公共事業都市というのは自然を破壊する。森がなくなる、川に魚がいなくなる、景観が損なわれる。殺伐とした風景となる。山を崩し自然を破壊しそして不要に建物ばかり作り、後々のメンテナンスに苦労する。
公共事業が、本当に国民の福祉に役立つかどうかというところが難しい。
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公共事業ではない、新たな可能性として、大きな賭けとして「ベーシックインカム」が考えられる。
ベーシックインカムというのは、国民一人当たり等しくお金を渡す。例えば5万とか10万を毎月、給付する。家族5人とすれば、毎月50万円ということだ。政府がすべての人に無条件で、一定額を支給する社会保障制度だ。
それであれば十分暮らしていける。家族が多ければ収入が増えるなら、子どもを産もうとするだろう。毎月の安定収入が保証されていれば、狭苦しい都会で暮らす必要はなくなる。家賃の安い田舎に入って自給自足すればいい。稼ぎたい人は、都会にいて仕事に頑張る。
大して稼ぎたくもない。それで十分という人は都会を離れて田舎に行く。人口集中している首都圏を離れて地方に若い家族が移り住む。 そして自給自足のために、田んぼや畑をやるかもしれない。
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しかし、それでは経済は循環しなくなるのでしないか。
何もしないでゴロゴロ引きこもっていても暮らしていけるわけだ。働く必要がない。そうなれば、みんなが怠けてしまう。ナマケモノを製造することになるのではないか。そして結果として技術力が落ち、国際競争力が落ち、日本は最貧国になっていくのではないか、そういう懸念はある。
あるいは日本に暮らせば十分暮らしていけるとして、 他の国から移民がどんどん増えていく可能性もある。そうすると異民族間の摩擦が生じるかもしれない。働かないのにお金だけがまわれば、ものすごいインフレになるかもしれない。
まあ、いろいろ課題はある。
しかし、安定収入が保証されていれば、不安はなくなる。貯金をする必要がない。老後の不安もない。貯金する必要がなければ、お金は循環していく。お互いにサービスを提供しあいあいながら、お金を交換していくことになる。
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ベーシックインカムが実現して、安定した収入が確保されれば、ぼくはゴロゴロしないとおもう。
毎日執筆したり、インターネットを介して論議をしたり、絵を書いたり木工をしたり、何か芸術的なことに打ち込みたいと思う。あるいは自然探索をしたり、田んぼや畑を行う。
もとより日本人は働き者であり勤勉である。お金のために働く必要ないのであれば、自分が本当に必要なもの、自分を高めるものにエネルギーを使っていくのではないか。
そのことで、もしかしたら一億総アーティスト。一億総芸術家、一億クリエティブになるかもしれない。そうした中から国際競争力が獲得されるのかもしれない。
過去の歴史において、実例がない。実施するにはリスクが大きすぎる。役人が今の高級で安定した仕事がなくなるので、反対するだろう。
まあ、大きな問題は、たくさんある。しかし、このコロナ時代を迎えてて、その方向に舵を切るチャンスなのかもしれない。そうでないと、日本は、ますます格差社会となり、勢いがなくなり、壊滅していくような予感がする。
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※頭の整理のために書いている。書くことで整理される。足らないことが見えてくる。書くのは手間なので、Googleの音声入力を使う。こんなややこしいことで、喋っていれば文章になるのはありがたい。よんでいただいて、反論、反響をもらえればさらにありがたい。

南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経

南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ、ナマンダブ)と南無妙法蓮華経(ナンミョーホーレンゲーキョー)という響きは、日本仏教の代表的な、マントラ真言、呪文、真実の言葉、響き)といってもいい。
「南無」とは、「南が無い」という意味ではなくて、namo/namaḥ(ナモー、ナマー、ナマハ)という古代インドの言葉を音写したものだ。
意味は、「おまかせします」「礼拝します」「帰依します」「こころから尊敬します」ということになる。
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南無阿弥陀仏というと、「阿弥陀」という仏さまに帰依し、おまかせします。南無妙法蓮華経というと、「妙法蓮華経」という教えに帰依し、おまかせします、ということになる。
南無阿弥陀仏は、すべて音写。「ナマハ・アミターヴァ(あるいは、アミターユス)」意味をとれば、「はかることのできない、いのちとひかりにおまかせします」、ということになるかな。
南無妙法蓮華経は、南無は音写、妙法蓮華経は意訳。全部が音写だと、ナマー(南無)サッダルマ(妙法)プンダリーカ(蓮華)スートラ(経)となる。
「白い蓮の花(プンダリーカ)のような清浄で妙なる(サット)教え(ダルマ)に帰依します」という意味となるか。
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鎌倉仏教において、信徒数、勢い、与えた影響性、強靭さという意味で代表的なものは、日蓮宗浄土真宗と思う。
ともに、題目、名号の頭に「南無」をおく。
日蓮においては、「南無妙法蓮華経」の七文字が礼拝の対象となる。「南無妙法蓮華経」とは、「妙法蓮華経」というお経に礼拝する、「妙法蓮華経」という教えに生きていきますという意味である。
「南無妙法蓮華経」の七文字こそが教えのエッセンス、究極的な本尊、礼拝の対象てせあるね。日蓮は、「末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし。但南無妙法蓮華経なるべし」(上野殿御返事)と述べた。他の経典も、法華経すらも意味をなさない。南無妙法蓮華経だけでいいというわけである。
そして日蓮は、南無妙法蓮華経を中心にした文字マンダラを本尊として信徒に下付している。
親鸞は、阿弥陀仏におまかせしたとき救われていると説く。他力の教えでる。南無阿弥陀仏の六字名号を本尊として信徒に下付している。後に真宗を大きく弘めた蓮如室町時代)にあっては、六字名号を本尊として盛んに信徒に下付している。
ちなみに、南無妙法蓮華経南無阿弥陀仏に南無(帰依)するわけだから、南無(帰依)に南無(帰依)ということになるか。
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インドに行くと、「ナマステー」と挨拶する。
「テー」は、「あなた」という意味だ。
あなたを礼拝します、心から尊敬しますというのが、インドの挨拶ということだ。
深い意味では「わが内なる神が、あなたのうちなる神に礼拝する」ということになる。
神が神に礼拝する。あるいは、仏性が仏性に礼拝する。真理が真理に礼拝する、ということだ。
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はからいを捨てて、なにかに「おまかせ」できれば、なんだっていいのかもしれない。南無阿弥陀仏だろうが、南無妙法蓮華経だろうが、なんだっていい(ぼくの場合)。
しかし、宗教とか教団になると、それぞれ、これじゃなくちゃいけない、いやこの本尊がどうで、ああで、となる。日蓮のマンダラにしても、いつ書かれたものか、その文字の配置がどうの、脇書きがどうのとややこしい
真宗でも、「南無」は発願回向、本願召喚、如来が発願して衆生の往生行を廻施した心だとか、もう途端に難しいことになってしまうのだ。それはそれで、ぼくには探求するのは、はてしないので楽しいのだが。
https://ichirindo.hatenablog.com/entry/20190112/1547255090